ウガンダの子供を助ける

1,000円/月
参加人数9名
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ウガンダの子供を助ける
スラム街に5才で捨てられ育った28才女性エスタが運営する孤児院の毎月の生活費を支援します。2019年現在、子供46名、若い母親10名で、若い母親は14才~などまだ生活力が無いレイプ被害者です。彼らの成長と自立を願って借家賃、食費、学費、電気、燃料水道、衣服靴、本代などお金が足りません。お願いします。
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サロン紹介

わたしエスタと、わたしの集めたスラムの子供達の毎月の生活を守ってくれませんか?いまは、コロナウィルスで学校も閉鎖され、交通機関もストップ、外出も規制されてる状況です。食べ物が無い人たちは、私たちの所(孤児院)へ食べ物を分けて欲しいと来ます。だから、わたし達は彼らに分けてあげます。だって苦しいのはみんな同じですもの。

『学費が払えないから先生に追い返される。水道が止められるから食事が作れない。電気が止められてロウソクの光で本を読む。いつもじゃないのよ。わたしたちは日本からの献金で生きてるの。そのお金が足りないのでそうなるの。でもね、とても感謝してるの、食事と安心できる家があるだけ全然良いの。スラムの路上と比べたら天国よ。かみさまありがとう。わたし生きて行けそうよ』
でもね。ある日、エスタがわたしを助け出してくれた! 彼女もわたしと同じ境遇だったの。
 私はスラム街に捨てられたホームレスの孤児です。わたしは世界中から無視されて誰からも相手にされず、食べ物は落ちている食べ残し。盗んでは叩かれて、靴も無く、服はぼろぼろ、泣いて今日も夜になるの。鍵のかからないこの場所に男達が来ないことを祈りながら空いたお腹に手を置いて眠りにつくわ。毎夜、目を閉じると想い出すの。両親がいた頃は楽しかったなぁ。毎日、弟と騒いで笑ってた。母が亡くなるまでは。。けれど、お父さんが再婚して、私達は家を追い出された。新しい母には愛が無かった。父は義母の言いなりで怒りっぽくて毎日お酒ばっかり飲んでる。あれから二年が過ぎ、盗みにも慣れた。路上で13才になった夜明けに空を見上げて泣くのを堪えた。はぐれた弟はどこにいるのかなぁ。一生このままかもしれない。そう、ずっと思ってた。

◆現状について

< 食料をくばる、彼女のチームの男性とエスタ(右側に立っている女性) >ここはアフリカ、ウガンダの首都カンパラの中央にあるキセイニィ地区です。周りには沢山のバスが停車しています。建物の中はバスに乗る人たちが食べる屋台や生活品を売る小さなお店がたくさんあり、孤児たちはその隙間で今現在も生きています。
(GoogleMapではKISENYI:キズニーイーと書いてありますが、エスタの発音だとキセイニィでした。上記の地図では青字のBusTerminalの下に白文字でKisenyi Bus Terminalが読めます)
長方形の白色やその他の色の物はバスです。ここは本当にウガンダの首都カンパラの中央なので(セントラル・カンパラ)政府はこの  ”汚い地区”  Kisenyiを綺麗に一掃したいと考えています。そうなると国籍も持たないし、自己の証明書も持たない身元不明な捨てられた子供たちはどこかへ追い出されます。着ている服も靴もぼろぼろだけど、話すとまったく可愛い子供なのです。みんな英語で話します。(ウガンダは1962年までイギリスの植民地だったからです)
この子の名前はピータ君、この地図のキセイニィのスラムに2年暮らしています。彼の母は2年前に亡くなり、父が再婚すると新しい母親はピータを好きではありませんでした。結局、彼はこの街に捨てられました。エスタは彼を両親の所へ連れて行き、仲裁しました。が、はやり母親に愛が無く拒絶されてしまいました。エスタはピータをみんながいる借家へ連れて帰ったのです。今、彼とみんなは一緒に暮らしています。
この子達も同じKisenyiに捨てられていた子供です。彼らの両親の消息は分からず、すぐにエスタは借家へ連れて帰りました。
この赤ちゃんも捨てられていたので拾ってきました。(日本のように規制が厳しくないので、言葉は悪いですが、まるで犬や猫の子のように連れて来ても問題にならないのです。)
このスラム街から、何日も食べずに身体の弱った子供や、あまりに小さい子供などを保護しているのが、このエスタ・タカさんです。彼女もまた5才でここに捨てられたストリートの子供でした。
46人が住む借家の中庭であそぶ子供達とエスタ(0:30に登場するブルーのズボンを履いてる女性)、全員がスラムの路地に捨てられていた子供たちです。
食事はバナナ、ポテト、お米にお肉を入れて炊き込んだもの。お味もとても美味しいです。子供も大人もみんなで同じものを頂きます。
食事が終わったらみんなでダンスや歌を唄い楽しい時間もあります。黄色シャツの男性はアフリカにキリスト教を伝道している宣教師のエレミヤさんです。彼は父親的な存在で彼もまた一緒に住んでいます。
これは男の子たちの部屋です。なんだかめちゃくちゃなんですが、安眠してます。これでもスラム街の路地の片隅で危険を感じながら寝ていたころに比べると雲泥の差なんです。本当はもっとちゃんと一人ひとりにベッドがある良いのですがそんな余裕はありません。とても良いのはこの部屋の床が ”土” じゃないのが嬉しいです。だってシーツや服が真っ黒にならないからです。去年の家は土間だったから、土間にいきなりベッドがあったのです。みんな裸足かスリッパですので洗濯してもすぐに真っ黒!それにくらべればかなり良くなりました。それと、ウガンダの夜は寒くも暑すぎることもないのです。赤道直下ですが標高1200m位なので気温がちょうど良いのです。
女子の部屋も同じようなもの。この時は大きな女子しか部屋にいなかったけれど、もうぐちゃぐちゃになって床でもどこでも寝ます。一つのベッドに3人は当たり前です! 特に女の子は襲われるので、路地で寝てはいけませんが、鍵のかかる部屋を借りるのは大変です。まともな仕事に就くことも困難ですから、ありとあらゆる事をして生きて行くしな方法がないのです。
しかしエスタにここへ連れて来てもらってから、もう悪いことをしなくても良くなりました。そして襲われる恐怖もなくなり、学校へも行けるようになりました。若いお母さんも10人住んでいて、襲われて母になった女性たちです。就労のめどが立つまでここに滞在しています。14才とか15才で母になるのは辛いことです。エスタも同じ被害者で15才の時に1人目の子供を産みました。エスタは周りの女性たちから子供を降ろした方が良いとなんども言われていましたが、彼女は「子供に罪はありません」と言って生みました。今はもう高校生です。ほかの女性も子供を大事に思っています。街に産み落とす女性も、殺したくないけれど育てられない。だから誰か拾ってください。そういう思いです。とエスタが話してくれました。(ウガンダでは捨て子は犯罪にならず、レイプは犯罪のはずですが取り締まりがあまりにもゆるいです。)

◆現在のエスタ達の会計状況について

《 現在の一か月にかかる費用 》  家賃 $264/月 => 29,040円/月  電気代 $27.03 => 2,973円/月  水道代 $41.5 => 4,565円/月 ←日本より割高  食費 $191 => 21,010円/月:50人分  学校 $140 => 15,400円/月:43人分  その他 $81.27 => 8,940円/月-----------------------月合計 $744.8 => 81,928円/月
SFBCからの過去平均送金額は45,000円/月です。  TINEとSFBCの会計報告はこちらです。https://helpchild.jp/accounting/  SFBC第1期終了のご報告はこちらです。https://helpchild.jp/sfbc_first_term_report/
突発的(奇跡的)には高額の支援金を送ることが出来ていますが、過去平均金額からすると、不足が常に3万円以上あります。
----------会計担当しているジョエルが話してくれた内容:2019/11/19----------家賃と食費だけは大丈夫でしたが、その他については、支払いを待ってもらっていました。水道代を期限までに支払えない場合は、水は時々切断されました。 月のお金が充分ではなかったため、時々、翌月に水道料金を支払うことができました。
電気については、使用する時だけ(電力会社に電話して入電してもらう(実際、現地で電話していました)) にしたので、電気代や照明なしで行くことができました。 そのようなときは、ろうそくを灯します。
授業料については、学校の管理者に相談して『後で支払います』と約束します。時には授業料を払わず、支払いまで2か月ほどかかることもあります。(10月)先月、以前の月よりも多くの資金を受け取ったため、水道料金のバランスを完全にクリアし、保留中の学費の一部をクリアすることができました。したがって、現在の主な不足は学費が残っています。---------------------------------------------------------------------------
わたし達、日本側サポータが気付かなかったのはジョエルが送ってくるエクセル会計表に赤字が見当たらなかったからでした。彼らは支払いを待ってもらっていたので会計には現れなかったのです。そして彼らは一度もわたしたちにお金が足りないと言わなかったのです。2019/10に再度訪問してやっと異変があることに気づいたのです。そのいきさつはこちらです。http://helpchild.jp/sfbc_first_term_report/ ←ここの後半:「ウガンダへ行かせていただいた理由は?」の所に書かせていただいています。それで急遽、このままではいけない、クラウドファンディングにお世話になろうと思った次第です。

◆日本からエスタをサポートしている理由について

一般社団法人SFBC(Support For Blessed Children)として2018年11月より毎月支援しています。奈良に住む、代表の藤重 悟と申します。エスタと出会ったのは2018年5月の連休です。と言ってもインターネットでの出会いです。そもそも親友が毎月仕送りしていました。私その彼の紹介で知り合ったのです。その後、彼女の生い立ちを詳しく知り、どうしても直接会ってみたくなり、その年の8月に会社を休んで独りで行きました。彼女と彼女が助けて一緒に住んでいる子供たちと会い、私も一緒に1週間暮らしました。エスタはキセイニィのスラムの真ん中に立ち、「わたしはこの子達を助ける」それが私の人生になったと言いました。
しかし、彼女の過去は、わたしは人から服、食べ物、お金、そして手に入れる事ができるすべての物を盗み、だまし、暴行し、レイプされ、道で出産し、マリファナを売りさばき、シンナーやアルコールにおぼれ、ギャングを組み、教会から盗み、ホテルに盗みに入り、なんども警察から追われ、刑務所へ入れられ、出所しても、住居もなかったので、雨が降るたびに下水であふれる下水溜めの近くで寝ていた。わたしは自分自身が大嫌いだった。人生がまったく無駄だと思っていた。わたしは盗みで生き残っているだけに過ぎない。首吊り自殺を行い、走る自動車に飛び込み。睡眠薬を多量に飲み。なのに死ねない。わたしに振り向いてもくれない神が大嫌いだった。みんなひどい目にあえばいいと思っていた。他人のことなどどうでもいいと思っていた。そんな不運と貧困にあえいでいた自暴自棄な女性でした。彼女の生い立ちを記した記事がこちらにありますのでご覧ください。https://helpchild.jp/ester-taka/
そんな彼女が改心するまでは相当な時間と多くの出会いがありました。ほんとうに改心してからの彼女がしたことはなかなかできることではありません。彼女は迷惑をかけた人たちを一人ひとり探して心から謝りました。当然ですが全員が彼女を赦したわけではありません。しかし今ではスラムで子供たちに問題があると警察からエスタに電話がかかって来るほどです。
人がそんなに変われるはずがないと思われる方も大勢いらっしゃると思います。けれど、わたしは今の彼女をこの目でしっかり見ました。彼女はどん底から這いあがりまったく新しく生まれ変わっていました。そんなことが実際あるのです。わたしは彼女と彼女が助けた子供達を応援したい。子供達の夢を手伝いたい。心からそう思い2018年11月に法人として本格的に支援を開始しました。そしてまた2019年10月に再び現地へ行く機会を得て、再び実際に彼女と会い、彼女を支援する現地の人たちと共に46人の子供達と15人の若い母親と暮らしていました。

◆新しい孤児院建設

現在の借家から車で30分ほどの所に、新しい孤児院は建設を終え、2020年2月22日より子供たちとエスタは住み始めました。
建築再開前の詳細はこちらです。http://helpchild.jp/new-house/  建築再開中の様子はこちらです。https://youtu.be/YnEsOPWFfWc
2019/11/19現在で、約85%完成しました。あと少しで完成です。完成したらどうするのかと言いますと、現在の借家は幼稚園や学校が歩いて行ける便利な場所なのと家賃がほんとうに安く借りられているので、そのままにして、この新しい個人は学校へ行く前の子供たちの場所にしたいとエスタが話していました。ですので、完成したら100人を超えることが出来るだろうと思っています。するとそれを支える資金も増えます。なのでむやみに子供を増やせないのが現実です。祈りつつ進める必要があります。

◆将来の夢

一生、献金で暮らすのではなく、子供たちも参加して働ける仕事が欲しいと彼らも私達も思っています。ウガンダではやはり農業だと言います。農業だと子供達も手伝えるし、大人になればなおさらです。できれば5エイカーの土地があればかなり自立の道に繋がります。あと車です。孤児院と借家を往復したり、子供たちと一緒にどこかへ移動できるようなマイクロバスがあれば嬉しいです。
近況などすべての情報をこちらのURLでお知らせして行きます。⇒ https://helpchild.jp/    
夢はたくさんありますが、大事なのは今の生活が安定して続けられることです。献金が止まると子供たちはみなスラムの路地へ逆戻りです。絶対にそうはさせたくありません。

◆リターン

ご支援いただいた皆様には心からもうなんでも差し上げたい気持ちで一杯なのですが、品物としてご用意できるモノがあまりありません。あるのは写真とかお礼のメッセージです。いい写真をまとめて写真集も良いかもしれませんが現在はまだまとめていません。できるだけ必要なお金の使い方だけに絞っています。
でも、エスタの自叙伝(約60ページ日本語)ならございます。現在2019/11/22、出版予定なのでまだお出し出来ませんが、晴れて書籍になったらご支援者の皆さま全員へお送りしたいと考えています。それは広くエスタの活動を知って頂く事の意味が大きいと考えているからです。お名前ご住所をいただいていましたら(当方の記録より)過去にご支援くださった方へもお送りいたします。出版までしばらくお待ちくださいませ。
↓↓↓↓ 本が完成しました!
 (表) (裏)約100ページです。アマゾンで確認できますhttps://www.amazon.co.jp/dp/4815016992?tag=myisbn-22

◆さいごに

左から、ジョエル、モーセ、わたし、エスタ(2019/10/4 カンパラ・ルアフの借家にて)
最後までお読みいただき感謝いたします。ご質問などいつでもSFBCの藤重までお寄せくださいませ。
【支援先】ティン・オン・ザ・マウンテン・ミニストリーズ・ウガンダ(TINE ON THE MOUNTAIN MINISTRIES Uganda)は、脆弱な子どもたちを支援するために設立された非営利団体です。  事務局長     エスタ・タカ・ナブテビ:Ester Taka Namutebi   重役秘書     オカンガ・モーセ:Okanga Moses   住所:    ウガンダ・カンパラ・マンキンダイ地区・ルアフ内(ウガンダには日本のように詳細な住所や番地と言う概念がありません)   電話:    +256-705-338-885   E-mail:   tineonthemountain2018◎gmail.com(◎を半角@へ)   URL:    https://www.facebook.com/Tine-on-the-mountain-Ministries-Ug   Uganda Registration No: 80020001701117
【日本側】一般社団法人ローゼス教会(旧:SFBC)(非営利団体)英語表記:Roses Church (OLD Name:NGO Support For Blessed Children)
ローゼス教会の目的として私たちは以下のように宣言します。
当法人は、人々に聖書を介してキリストの福音を宣べ伝えて、聖書の教義をひろめ、礼拝、儀式行事を行い、信徒を教化育成してキリストの無償の愛の救いに預からせることを目的とし、その目的を達成するために必要な事業を行う。また、キリスト教の精神に基づいて、恵まれない子供や大人の支援をすることを目的とし、その目的に資するため、当事者、同活動を行う個人、同活動を行う団体に対する、人道的、物質的、金銭的、教育、医療、設備補填、法的手続など関連する一切の事業を行う。
  代表理事     藤 重 悟  理 事      コールソン・ロバート・ロナルド  理 事      青 山 美 奈 子  理 事      平 田 あ か ね   電話:   080-8852-6247   E-mail:  helpchild.sfbc◎gmail.com(◎を半角@へ)   URL:   https://helpchild.jp/   URL:   https://www.facebook.com/SFBC-Support-For-Blessed-Children   法人番号: 6150005009033   SFBC部門業務内容: NGO活動ウガンダ子供支援
(ロバートと、エレミヤ(彼が最初にエスタと出会って彼女のパスポートを作りました)と、管理人の悟です)

料金・プラン

例えば、一度に1万円を一回送るよりも、毎月1千円を送り続けることの大切さを知っている方の支援方法です。心より感謝いたします。
お礼の月末報告として、毎月の総送金額と現地の変化などを都度レポートいたします。このご報告方法は、メールあるいはライングループまたはメッセンジャーグループで公開致します。備考欄などで、ご希望の方法を教えて下さい。グループは招待します。(途中変更も可能です)

1,000円/月
9名

プロフィール

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 だいたいおおかた(笑)私と妻は仲良く暮らしていましたが、2018年1月に妻はスキルス胃癌で逝ってしまいました。発見からたったの半年のことでした。私はただ仕事をするだけのぬけがらのようになっていました。そんな私に神様が会わせてくださったのがウガンダのエスタのような気がしました。しかし、アフリカは遠すぎる。ウガンダのことを何も知らない。英会話もできない。ボランティアもした事が無い。パスポートも無い。なにをしていいのかまったく判らない。でも何かしたい、しなければならないと思いました。とにかく会ってみよう。その年の夏に初めてアフリカに行きました。ほとんど何もできないけれど誰かが喜ぶのは自分の喜びのような気がしています。 

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